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受賞者日記
産後の心と身体ケアサポート 写真
南田 理恵さんの詳細
2007年2月14日
年末年始休暇ですっかりのんびりモードに切り替わっていた私。仕事始めは1月8日・・・の予定でしたが、家族で1泊2日の長野の秘境温泉&スキー旅行帰宅日の7日に、大雪のため山道で前を走るバスが立ち往生。その後ろの車みんな6時間あまり銀色雪の世界に缶詰に。夕方までには帰宅予定が、暗くなっても山道で、まだ車が動かない。あと40キロ、除雪していない道を後輪駆動の乗用車でいかなくてはいけません。JAFに助けてもらって、ショベルカーに引かれていくバスについて何とか下山。

もう絶対、明日のクラスは間に合わない。
こどもに母乳をあげながら中国で研修(2001年)
お昼に決断して、クラスをお休みにすることを参加予定者に連絡しておいたのでした。参加ご予約いただいていた方に本当に申し訳なかったです。楽しみにされていただろうに…。ひとりで運営しているデメリットが大きく目立つところです。でも、みなさん「気をつけてくださいね」など暖かい言葉でほっとしました。

公務員として15年以上チームで働いてきました。先輩や同僚に助けられて楽しく仕事をしてきたのですが、自分で起業すると、自由な反面、全て自分で責任を取らなくてはいけません。なぜ、このような道を歩くことになったのか。小学生の時から父親の弁当を作ってお小遣いをもらったり、焼き芋やさんの薪をくべる手伝いをして芋をもらったり、包装用紙で小さな袋をたくさん作って雑貨屋さんに売り込みにいったりする子どもでした。高校生になると、イラストを描いて御茶ノ水や神保町の出版社に飛び込みで売り込みにいって、小説雑誌の挿絵を書く仕事をもらいました。編集さんと喫茶店で打合せしながら、おごりでいただくカレーがおいしかったです。自分で働いて稼ぐことが、大好きでした。母方の兄弟姉妹6人はみな自営業者や議員。私の母も旅行会社を起業し、弟はブラジルと日本をまたにかけた会社をアメリカで立ち上げました。これを母方の実家の名前で「I家の血」といっています。人と違うことをする、目標に向かって最大限の努力をするということは、家族の背中をみて学びました。

40年近く前、0歳から保育園に預けられました。当時日本で初めての0歳児保育。保育運動をしてきた母達が行政につくらせたのです。物心ついてみた景色は保育園でくるくる回るオルゴールメリー。運動会も祖母とお遊戯。小学生になってからは、母は仕事がますます忙しく、弟と食べる夕食は近くのファミレスの常連さんに。子どもだけでファミレスで食事は当時珍しかったと思います。お正月はツアーで留守の母に代わって、お雑煮くらいは作る子どもでした。こう書くとかわいそうな子どもという感じですが、人形の服をぬってくれたり、PTAの会長をしたりと自慢の母でした。周囲の非難もなんのその。要領よく子育てと仕事を両立していたのだと思えます。

女性が働くのが当たり前と思えるのも、「自分の食べる分は自分で稼ぐ」が口癖のような母の背中を見てきたからでしょう。子どもの寂しさしんどさも知っているつもりです。今、自分が母のように子どもに背中を向けているとき、学び取ってもらえる何かがあるように自分を高めていきたいと思っています。

仕事と家庭の両立バランス「ワークライフバランス」が上手にとれるようにしたいです。仕事に熱中しすぎたり、のんびりお家モードで仕事がおろそかにならないように。v
事業のフランチャイズ化を目指して、事業プランを練っています。仕組みを考え、現実のものとなるように努力しています。勉強、勉強ですね。
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主 催
産経新聞社
サンケイリビング新聞社
fuji sankei business i
共 催
大和証券グループ
審査協力
大和総研
エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ
セミナー協力
中小企業基盤整備機構